Now Loading...

パリの国立高等装飾学校(ENSAD)で学んだのち、ペニンゲン(ESAG)でも室内装飾を学ぶ。卒業後はミュージック・クリップの分野に進み、エルザ・ランギーニ、カミーユ、ローズ、ブリジット・フォンテーヌなどのミュージシャンのクリップを制作。また、ヴァネッサ・ブリューノのショーの演出にもかかわるようになり、ルー・ドワイヨンを起用した短編映画「Le Bel Été」をショーのために制作。同時に、「ELLE」「Vogue」などモード誌とのコラボレーションに取り組むかたわら、テレビ局「フランス5」で美術を担当し、モバイル大手のオランジュなどの広告デザインも手がけるという多彩な活動を展開。もともと映画には大きな興味をもっていたものの、なかなか踏み出せずにいたところ、背中を押してくれたのがロイ・フラーを知ったことだったという。そして2016年、処女作となる本作を撮り、カンヌ国際映画祭の〈ある視点〉部門で正式上映というデビューを飾り、セザール賞の第一回監督賞にもノミネートされるという栄誉を得る。
1990年代より、アメリカでインディペンデント映画のプロデューサー、配給に携わる。フランスに帰国後は最初、MK2の配給部門を統括する役職に就き、その後、1999年にホワイ・ノットの製作部門に移る。やがて、脚本も手がけるようになり、マリオン・ヴェルヌーの「À boire」(2004)を皮切りに、ベルトラン・ボネロの『サンローラン』、エリック・ラルティゴーの『エール!』(2014)、そしてジャック・オディアールの『ディーパンの闘い』(2015)の脚本を担当。とりわけ、オディアール作品『預言者』(2009)、『君と歩く世界』(2012)で高い評価を得ており、前者でセザール賞のオリジナル脚本賞を、後者で脚色賞を受賞。さらに、2015年には処女長編「Les Cowboys」を撮り、監督デビューを飾っている。
ベルギー・ブリュッセル近郊の放送芸術学校(IAD)で学び、卒業後、地元ブリュッセルのテレビ局で撮影助手としてキャリアをスタート。その一方で自身の短編作品やコマーシャルフィルムの撮影も手がける。2002年、ギャスパー・ノエの問題作『アレックス』の撮影監督として参加したのをきっかけに本格的に映画の世界へ。さらにルシール・アザリロヴィックの『エコール』(2004)、ダリオ・アルジェントの『デス・サイト』(2004)と、個性派監督の作品で手腕を発揮。そのほかの撮影担当作品に、ノエの『エンター・ザ・ボイド』(2009)、『LOVE 3D』(2015)、ハーモニー・コリンの『スプリング・ブレイカーズ』(2012)、ライアン・ゴズリングの『ロスト・リバー』(2014)、ヴィム・ヴェンダースの『誰のせいでもない』(2015)など。
アルゼンチン生まれ。20歳のときにフランスに渡り、映画の世界に飛び込む。クロード・シャブロル作品を皮切りに、ジャン=ジャック・ベネックスの『ディーバ』(1981)に美術助手として就き、さらに『ベティ・ブルー』(1986)でその手腕を認められる。また、クロード・ソーテの『とまどい』(1995)、ガブリエル・アギヨンの『ペダル・ドゥース』(1996)などの美術も担当。21世紀に入ると、ヴァルテル・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』(2004)、『オン・ザ・ロード』(2012)、エマヌエーレ・クリアレーゼの「新世界」(2006)で新大陸へ乗り出し、さらにアンドレア・ディ・ステファノの『エスコバル 楽園の掟』(2014)、小栗康平の『FOUJITA』(2015)の美術も担当と八面六臂の活躍。そのうち、「新世界」でイタリアのダヴィド・ディ・ドナテッロ賞の美術賞を受賞している。
セザール賞の常連として知られる映画衣装のスペシャリスト。当初は絵画修復師としてキャリアを開始するが、あるきっかけから演出家ジョルジョ・ストレーレルの舞台の衣装助手に。その後、1990年代半ばより映画衣装も手がけるようになる。とりわけコスチューム・プレイを得意としており、ディアーヌ・キュリスの『年下のひと』(1999)、オリヴィエ・アサイヤスの『感傷的な運命』(2000)などで高い評価を得、その後もアサイヤス作品の常連に。さらに近年は、ベルトラン・ボネロの『メゾン ある娼館の記憶』(2011)、『サンローラン』(2014)、レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』(2012)などの衣装を担当。うち、『メゾン ある娼館の記憶』と『サンローラン』、そして本作でセザール賞の衣装デザイン賞を受賞している。